(草の根通信99号、2019年7月掲載)
松林眞弘: (株)夢舞台 企画室 参事、宇宙桜プロデューサー
5年前の初冬だったでしょうか、(株)夢舞台の地域振興部長だった私は、地域に貢献できる息が長い事業を発信できないか思案していました。それは、一過性のイベントではなく、未来に広がり、更に夢舞台のPRにも繋がるというイメージでした。そんな時、人づてに「宇宙桜」という心地よい轡きの言葉を耳にし、不思講な魅力を感じたのです。早速、詳細を確認するため、宇宙桜の生みの親という長谷川洋一氏(1962年神戸市生)を紹介して頂き、夢舞台の宇宙桜ものがたりは始まりました。
当時の長谷川氏は、有人宇宙システム(株)宇宙航空事業開発センターの主幹技師として活躍されており、JAXA(宇宙航空研究開発機構)やNASA(アメリカ航空宇宙局)とも協働しながら、ISS(国際宇宙ステーション)内のきぼう(日本実験棟)で、日本人宇宙飛行士が行う宇宙実験を企画している方でした。そして2014年の春、初めて長谷川氏との面談が叶い「宇宙桜」について詳細を伺うことができました。
まず驚いたのは、宇宙を旅した桜たちは、バラ科サクラ属のうちエドヒガンと呼ばれる樹齢が千年級というとてつもない遺伝子を持つ桜たちでした。花見のソメイヨシノは人間の平均寿命とほぼ同等ですから、その長寿ぶりは卓越したものです。私は、俗塵を避けた幽寂閑雅の仙境に威風堂々と仔む一本桜を早くも想像していました。
2008年、地球環境保全等の大切さを体感する宇宙文化事業「花伝説・宙へ!」は、長谷川洋一氏が企画立案されました。日本全国から厳選された名桜14種類、1万人もの児童たちの手で採取された桜の種は、スペース シャトル・エンデバー号に搭載され、若田光一宇宙飛行士とともに約8ヶ月間地球を周回したのち無事帰還しました。
その後、各地に返還された名桜の種は、翌年それぞれ極少数が発芽し、地域の宝となりました(各200粒の内、発芽率は 1~2%程度)。そして自然界では考えられない早さで成長開花した桜は、「宇宙桜」と呼ばれ大きな話題となりました。また、宇宙空間という極限の環境下におかれながらも発芽を果たした宇宙桜は、その力強い生命力から「復活・復興・希望」のシンボルとして注目されるようにもなりました。
折しも、翌2015年は阪神淡路大震災から20年という節目の年を迎えるタイミングでした。震災時、私の実家は半壊し知人も亡くなり、その辛さは十分わかっています。だからこそ、大震災からの復活・復興を遂げた震源地・兵庫淡路島に宇宙桜を植樹し、夢舞台から東日本大震災の被災地へ‘'希望のエール’'を送りたい。そんな気持ちは日増しに高まっていきました。そして、宇宙桜の苗元や桜守へ苗木の寄贈をお願いするため、長谷川氏の協力を得ながら全国各地を奔走することになりました。
本当に様々な方々の連携協力が実り、ひょうたん桜(樹齢500年・高知県仁淀川町)、醍醐桜(樹齢800年・岡山県真庭市)、山高神代桜(樹齢2000年・山梨県北杜市)の直系子孫である宇宙桜3種に加え、新潟県糸魚川市の宇宙ササユリ、静岡県浜松市の宇宙スミレも夢舞台公苑に植樹されることが決定しました。そして、阪神淡路大震災から20年という筋目の年、2015年4月19日に “宇宙桜と未来への希望’'をテーマに宇宙飛行士の山崎直子さんを招聘して植樹式典を開催するに至りました。島内外の高校生 や東北の被災地からもゲストをお招きし、盛大で有意義な式典となりました。それから一年後の春、最初に植樹した宇宙桜(ひょうたん桜)が、ついに満開の花を咲かせたのです。
淡路島での植樹式典の余韻も残る 2015年6月、長谷川洋一氏は勤務先を早期退職し周囲を驚かせました。そして、一般財団法人ワンアースを立ち上げその代表に就任されたので 」AXAの前でした。財団の名誉顧問には、アメリカのリロイ・チャオ氏(第10代ISS船長)ら国内外の宇宙飛行士たちも名を連らね、長谷川氏の人脈の幅広さを感じさせられました。宇宙桜の利活用をライフワークとして実践していくためには、勤めを辞めざるを得なかったのでしょう。
現在、「宇宙桜」は、苗元に増殖協力を仰ぎながら、(一財)ワンアースによって東日本大震災の被災地(東北3県40市町村)に植樹する計画が進められています。この「きぼうの桜」事業は、津波の最終到達点に長寿で巨大化する宇宙桜を植樹し、千年風化しない避難の目印とし、そして宇宙からも見える復興のシンボルとして31世紀の子孫に伝承するという壮大なプロジェクトです。"防潮堤や避難塔はあった方がいい、でもあの桜まで逃げるのが一番いい"千年後の人々に贈る未来遺産が役に立つ日が来ないことを切望しますが、今度は桜が多くの命を守ってくれることでしょう。
さて今年の2月、夢舞台では(一財)ワンアースの協力を得て、南あわじ市の福良小学校に宇宙桜(ひょうたん桜)を植樹いたしました。近い将来発生するといわれる南海トラフ巨大地震、淡路島の南部海岸は津波対策が喫緊の課題とされています。そこで、津波への脆弱性が指摘される福良湾最奥に立地する小学校に宇宙桜を植樹し、避難の目印や警鐘啓蒙にも利用して頂くことにしました。この植樹は被災地ではなく、防災減災を目的に植えられた初めての試みとなり、新たな宇宙桜の活用方法を見出す好例となりました。また今春、夢舞台は‘‘宇宙スミレの里’'としても認定され、宇宙を旅したスミレの増殖も手掛け、様々な交流事業への活用を検討中です。
現在、私は業務の傍ら(一財)ワンアースの顛問も務めております。同財団では、毎年「きぼうの桜サミット」と称する広域交流事業(参加費無料)を行っております。今年は7月27日に岩手県洋野町において、JAXAの現役宇宙飛行士を招聘して開催される予定です。会場となる洋野町は最大10mの津波が来襲した被災地ですが、東北沿岸で死傷者を出さなかった唯一の自治体だった事実はあまり知られておりません。今回はその秘密に迫るサミットになるかもしれません。年々広がりを見せる宇宙桜の輪が、地域の交流と発展に寄与することを心より願うものです。